もくまおうです。
先日、大好きな俳優西田敏行さんがお亡くなりになりました。
映画では「釣りバカ」シリーズ、「学校」、そしてバラエティでは探偵ナイトスクープと僕の人生で欠かせない存在でした。
しかしながら、西田さんの自伝を読んだことがなく、今回読むことにしました。
西田さんの人情がひしひしと伝わり、とにかく面白いです。
そして、学ぶべきこともたくさんありました。そこから3点に絞って紹介します。
西田敏行さんの自伝、「役者人生、泣き笑い」から学んだことを3点紹介すると、
①挫折が役者としての栄養分をたくわえた
②役者としての方向を決めた言葉
③デジタル化に対しての考え方
の3点になります。
挫折が役者としての栄養分をたくわえた
西田さんのイメージと言えば、「陽気」がまず出てくると思います。
この自伝でも終始陽気なエピソードばかり。
しかし、そんな西田さんも東京の高校に進学したとき、予想もしなかったことで挫折します。
地元(福島県郡山市)で、人一倍明るかった西田さん。ところが、東京ではなかなか友達ができませんでした。
原因は「なまり」です。
「柿」を「かぎ」といったり、「馬」のことを「うまこ」と言ったりすることで笑われ、喋れなくなってしまいます。
ようやくできた友だちはゴリラ
家は蒲田で、学校は新宿でしたが、学校に行きたくないと思い乗り過ごしてしまう西田さん。降りたのは若干地元郡山に近い上野です。
修学旅行で来た上野動物園に何気なく入った時、運命の出会いをします。
アフリカから連れてこられた最後のゴリラ、「ブルブル」という名のゴリラです。
群れから離れて、悲しそうな表情をしている「ブルブル」に西田さんはここに同類がいる!と感じます。
ゴリラの哲学チックな表情と、西田さんの置かれている心境が、ぴったり重なったと述べられています。
西田さんは頻繁にブルブルに会いにいくようになります。
この出会いが西田さんを大きく成長させたそうです。
今、思い返すと、ブルブルは、ある意味、僕の教師でしたね。役者としての栄養分をいっぱいたくわえられたのは、ゴリラを見つめてた高校時代かもしれないですね。
高校時代を、あのまま郡山ですごして、中学時代のあの陽が当たる場所にずっといたら、ブルブルに出会うこともなかったワケで、その後の自分はなかったでしょうね。
引用:役者人生、泣き笑い(第二章 東京さ行って映画俳優になるぞう)
西田さんは次第に、脱出口を見つけます。
「東京の人間になろうという努力はやめて、カッペとして開き直る」
このような心境になったら、ずいぶん楽になったそうです。
西田さんほど大物で、陽気な役者でも、挫折があったことは意外でした。
以前紹介した投資家レイ・ダリオさんの「PRINCIPLES」でも、『苦痛を受け入れ、そこから学ぶ』ことを大切にしています。
一流の人ほど、苦痛から学んで成長しているのではないでしょうか?
役者としての方向を決めた言葉
西田さんは、役者としての生き様を教えてくれた先輩で、中台祥浩さん(愛称:台さん)という方がいました。
矢代静一さんの『写楽考』という舞台では、地方の旅公演の後の合評会で、一人の青年から、
「妹にこの舞台を見せてやりたかった。もし僕の妹がもっと早くこの芝居を見ていたら、妹は自殺しなくてすんだと思います」
と言われます。
台さんは西田さんにこんな言葉をかけてくれたそうです。
「役者やってててな、やっててな、ああいう言葉が聞かされる時が一番幸せなんだよな。ギャラを何億もらうより」
引用:役者人生、泣き笑い(第三章 ターニングポイントは『写楽考』の舞台)
そして、さらにこう言います。
「トシ、お前はうまい役者になるな。見事な役者にもなるな。面白みのある役者でいろ」
引用:役者人生、泣き笑い(第三章 ターニングポイントは『写楽考』の舞台)
「面白みのある役者」
この言葉が、西田さんの役者としての方向を決めてくれたそうです。
- うまく演じようと思わない
- 肩の力を抜いて面白みをだす
これが西田さんが役者としての自戒の言葉だと述べられています。
探偵ナイトスクープの局長についても本では触れていて、
「本当、いつも申し訳ないくらい泣いちゃうんです」
と番組でいつ泣くかが期待されている西田さん。
まさに、面白味のある役者だからこそだと思います。
デジタル化に対しての考え方
2007年、『浅草ふくまる旅館』というTBS系のドラマで、主人公の大吉役を演じました。
このドラマはお客を近くの今風のホテルにとられて経営が苦しいなか、お客や従業員と織りなすハートフル・コメディーです。
西田さんはこのドラマのエピソードでは、「デジタル化」について触れています。
デジタル化がすすむことは時代の流れなんでしょうけど、どうも他人と距離感がうまくとれない人が増えているような気がするんです。
デジタルは基本的に視覚と聴覚の二感しかつかいませんよね。でも、人間は五感をもっているんです。五感を使って確認しあうことが大事であり、そういう人間関係を体現する旅館主として、大吉役に僕は気をいれてのぞみました。
引用:役者人生、泣き笑い(第十章 憧れの吉永小百合さんとワクワクドキドキ共演)
西田さんは、『浅草ふくまる旅館』で、
他者はライバルではなく助け合う存在であると訴えたかった
と言います。
僕自身、西田さんの思いは、
・AI技術にとって変わる時代
といった未来にとても大事だと感じます。
AIにはないのは人間の五感です。
そのことを再認識しました!
まとめ、書評
以上、「役者人生、泣き笑い」から学んだことを、
①挫折が役者としての栄養分をたくわえた
②役者としての方向を決めた言葉
③デジタル化に対しての考え方
の3点紹介しました。
楽しいエピソードもたくさんあります。
中でも、大親友の松崎しげるさんたちとのリオのカーニバル旅行ではハプニングの連続。
- 松崎しげるさんにドクロマークが入った酒をストレートで飲ませ、目が開かなくなる
- スリにあう
- 飛行機で荷物が届かない(半年後に発見される)
それでも、ラテン系の楽天さを発揮して、思う存分楽しんだそうです。
ブラジル人はいい加減で、
- リオで骨組みだけの建築中の寺院を見つけ、いつから建てはじめたのと現地の通訳の人に聞いたら、「二十年くらい前」と言われる
- テレビでニュースキャスターが出ず、通訳に聞いたら、『熱いから泳ぎに行くため、今日のお昼ニュース番組は休んだ』と言われる
など、日本では考えられません。
でも西田さんはこのいい加減さが小気味いいと言い、こう触れています。
今の日本て、すぐ責任、責任とちょっとしたミスでも追及されて、息がつまりそうなとこがあるでしょう。子どもが道路で転んでも、転ぶような道を作った行政が悪い、これですからね。昔の日本人はもっといい加減だったと思うんです。
~中略~
いい加減を許せるのは心の余裕なんです。危ないこともありますけど、ブラジル人のもつ、おおらかさやいい加減さは、いいなア。
引用:役者人生、泣き笑い(第七章 「悪友」は「良友」だべ)
自伝なのにも関わらず、
もっと楽に生きようよ、ありのままで生きようよ
とこの本から教えられた気がします。
現代社会に行き詰ってる人たちに、ぜひ読んでもらいたい一冊です。
西田さんの作品に触れられて、そしてこの本を読む機会ができて本当に良かったです。
西田さんありがとうございました。ご冥福をお祈りいたします。
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